考え方

隣人愛(アガペー)とは?キリスト教が説く愛とは?マザーテレサの言葉の意味を考える

隣人愛(アガペー)とは?キリスト教が説く愛とは?マザーテレサの言葉の意味を考える

どうも、Torayoshi(@moritora810)です。今日はキリスト教の説く「愛」について情報発信していけたらと思います。

私はクラシック音楽を勉強する過程で聖書を読んだり、キリスト教の勉強の為に教会へ通っていた時期もあります。その中でも、このキリスト教的な「愛」の考え方はとても素敵だと感じています。きっとはじめてキリスト教的な愛について知る人はとても参考になると思います。

さて、「隣人愛(アガペー)」と言えばキリスト教です。私はキリスト教徒ではないのですが、オラトリオ(宗教音楽)の勉強をしたことや、単純に読書が好きなこともあり、色々な宗教や思想に触れる機会がありました。ちなみに世界で一番売れている本、いわゆるベストセラーはキリスト教の聖典である「聖書」です。

私の読んだ感想では、とても興味深い書物であると思います。物理的にはありえない現象、たとえばひとつのパンで100人がお腹いっぱいになったとか、水が突然ワインに変わったというのは物理的には信じられないですが、それは精神的な側面で解釈すれば分からなくもない節があります。またその関連で興味深い考え方や思想を数多く提供してくれます。

隣人愛(アガペー)とは?キリスト教の教え

皆さんは「隣人愛」(アガペー)と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?私はこの内容を確か中学校の公民の時間に習ったように記憶しています。隣人愛というのは、簡単に言うと隣に住んでいる人を愛しましょうという意味です。

しかし、もちろんキリスト教の隣人愛(アガペー)が、実際に隣に住んでいる人を愛しなさいという、単純なことを言いたいわけではありません。隣人愛を理解していくために、いくつか聖書に書かれている内容をみていきましょう。

キリスト教の聖典は新約聖書旧約聖書ですが、その中の旧約聖書《レビ記》19章18節には、あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならないとあります。キリスト教の教えでは、神を愛することはもちろん、この隣人への愛こそ、キリスト教徒の最も大切な戒めだと教えているからです。というのも、これは《マタイによる福音書》22章34~39節にある最も重要な掟のところで、以下のように書かれています。

《マタイによる福音書22章34~39節》「最も重要な掟」

  • 34節 ファリサイ派の人々は、イエスがザドカイ派の人々を言い込められたと聞いて一緒に集まった。
  • 35節 そのうちの1人、法律の専門家が、イエスを試そうとして尋ねた。
  • 36節 「先生、法律の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」
  • 37節 イエスは言われた。『「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの主である主を愛しなさい。」
  • 38節 これが最も重要な第一の掟である。
  • 39節 第二も、これと同じように重要である。「隣人を自分のように愛しなさい。」
  • 40節 法律全体と予言者はこの二つの掟に基づいている。』

これを読むと、キリスト教では隣人愛が掟として非常に重要であることが分かります。それでは更に隣人愛について掘り下げていきましょう。

マザーテレサ

隣人愛を理解するため、先にマザーテレサについて少し触れておきます。もちろんマザーテレサをご存知の方は多いと思います。敬虔なキリスト教徒で、自分は何も求めず、常に奉仕の心で人に尽くしてきました。つまり、隣人愛を実行した人でした。

彼女は修道女として貧しい人や病気の人々に尽くしました。 彼女は、飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのないすべての人、愛されていない人、誰からも世話されない人のために働く ということを活動の目的としていました。

ノーベル平和賞も受賞していますが、その賞金もすべてその目的に使われました。彼女は経済的な側面から見れば日本人の99%の人よりも貧しいと言えますが、彼女の心は非常に豊かで人から愛され、そして人を愛した人でした。

キリスト教では、愛は受けとるものではなく、人に与えるものであると説かれています。たとえば、自分がお腹が空いていてパンを得たとしても、もし隣で見ず知らずの他人が同様にお腹を空かせていればパンを分け与えることが推奨されます。それはあなたが死の淵にあったとしてもです。

右の頬をぶたれたものは左の頬を差し出せ

これはキリスト教で有名な言葉ですが、もし誰かに右の頬をぶたれたら左の頬を差し出せというのです。これは一体どういうことなのでしょうか?

この話を理解するには、キリストの受難物語について少しだけ理解する必要があります。耳にしたことがあるかもしれませんが、新約聖書というのはいくつかの「福音書」と呼ばれるもので構成されています。

たとえば「マタイによる福音書」、「ルカによる福音書」、「ヨハネによる福音書」といった書物です。

これらの書物が一体何を書いているのかと言うと、実はこれはイエス・キリストがどういう人だったかというのを弟子が書き示したもので、その核となるのがキリストの受難物語です。そうやって、色々な人間の視点からキリストについて書いた書物が福音書と呼ばれるものなのです。

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キリストの受難物語

その粗筋を大まかに説明します。聖書によるキリストのストーリーは大筋で次のような内容です。

  1. イエスキリストは人々を救うために神の子として生まれた。(←クリスマスです)
  2. 貧しい人々に寄り添い、色々な教えを説いて人々を救った。(食事など物理面と精神面の両方で)
  3. 影響力を持ちはじめたのを恐れた階級者たちがイエスを裁判にかけた。
  4. イエスは逃げることも出来たが、彼は人類の罪を背負って十字架にかけられて処刑された。
  5. イエスの死後、イエスは復活して天に昇っていった。

このストーリーの中でキリスト教の愛を理解するために最も大切な部分が、「イエスは人類の罪を背負って亡くなった」という部分です。ここでキリスト教の愛が何なのかの核心について述べますが、キリスト教の愛と言うのは、自己犠牲の愛です。

自分が何か損をしたとしても誰かを助けたり、自分の身を削ってでも人を助けたりするという精神こそがキリスト教的な愛の中心にあります。キリスト教における隣人愛について、もう少し具体的に説明している箇所が《ルカによる福音書》第10章25節から37節の「善いサマリア人」の箇所に記載されていますのでみてみましょう。

《ルカによる福音書》第10章25節から37節の「善いサマリア人」

  • 25節 するとある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」
  • 26節 イエスが、「律法は何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と言われると
  • 27節 彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」
  • 28節 イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」
  • 29節 しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。
  • 30節 イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、おいはぎに襲われた。おいはぎはその人の服を剥ぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。
  • 31節 ある司祭がたまたまその道を下ってやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。
  • 32節 同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。
  • 33節 ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、
  • 34節 近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。
  • 35節 そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡してった『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』
  • 36節 さて、あなたはこの三人の中で、誰が追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」
  • 37節 法律の専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」

このストーリーを読むとわかる通り、隣人とは何も隣に住んでいる人のことでありません。それは、自分とは全く関係の無い人の心に寄り添えるか、つまりあなたは助けを必要としている知らない人の隣人になれるかどうかというお話です。

突然ですが、この「隣人愛」「自己犠牲の愛」には究極の命題があります。それは、自分と大切な人、どちらかが死ななければならないとき、あなたは自分ですすんで死ぬことができますか?という問いです。

これを表現している映画はたくさんありますが、有名どころだと「アルマゲドン」とかです。自分の愛する娘とその婚約者の為にブルースウィルスは進んで自分が死ぬことを選びます。欧米の映画でこういう筋書きのストーリーが非常に多いのは、何故ならこれがキリスト教の愛における最終形態だからです。

しかも、キリスト教の教義をつきつめて極限的に述べると、さきほどの善きサマリア人に代表されるように、「自分と見ず知らずの他人、どちらかが死ななければならないときにあなたは死ねますか?という内容なのです。

これは流石に難しいですが、誰かの為に自分を犠牲にしてでも助ける、奉仕するという精がキリスト教では求められています。これがキリスト教における「隣人愛」、つまり「自己犠牲の愛」であると言えると思います。

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マザーテレサの言葉から

いかがでしたでしょうか?今回はキリスト教的な隣人愛とその意味についてのお話でした。

しかしもっと実践的に何をすればいいのか?それは先ほど例にあげたマザーテレサが教えてくれます。最後に彼女の名言をいくつか載せておきたいと思います。もし人に優しく出来ない時、パートナーにあたってしまうとき、自分がつらいときに思い出してみてください。

きっとこれらの言葉を人の心を温め、潤してくれると思います。あなの人生が愛で満たされ毎日が幸せありますように!

  • あなたが行く先々で、愛を広めてください。
  • あなたが出会った人たちが、より幸せになって去っていきますように。
  • 平和は微笑みから始まります。
  • 人のことを批判していたら愛する時間がなくなってしまいます。いつもお互いに笑顔で会うことにしましょう。笑顔は愛の始まりですから。
  • 大切なのは、 どれだけたくさんのことをしたかではなく、 どれだけ心をこめたかです。
  • 優しい言葉は、たとえ簡単な言葉でも、ずっとずっと心にこだまします。
  • 100人に食べ物を与えることができなくても、1人なら出来るでしょう?
  • 誰かに微笑みかけること、それは愛の表現であり、その人へのすばらしい贈り物となるのです。
  • もし平和が得られていないなら、それは私たちが仲間だということを忘れているからです

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