とらよしの人生

高卒認定試験で大学受験をするまで【ある声楽家の自伝】

高卒認定試験で大学受験をするまで【ある声楽家の自伝】

Willkommen!! どうも、Torayoshi(@moritora810)こと、森善虎です。ということで、予告していたように私がどうやってドイツにたどり着いたかを書きたいと思います。この記事では0~18歳までの大学受験までの流れをまとめています。(※これらの記事はドイツ留学中に書いた自伝をまとめたものです。)まず私の生きてきた愛すべき土地の情報は以下のようになります。

  • 0歳 福岡県大牟田市で生まれる
  • 2歳 父の転勤で鹿児島県へ(幼稚園)
  • 4歳 父の転勤で富山県へ(幼稚園~小学三年生)
  • 10歳 父の転勤で佐賀県へ(小学四年生~高校生)
  • 18歳 大学進学のため東京へ(大学)
  • 22歳 大学院進学のため鹿児島県へ(研究生一年、修士二年)
  • 25歳 1度実家の佐賀へ帰省(半年)
  • 26歳 ベルリン在住←NEW!! (半年)

ということで割と色々な土地を飛び回っています。ちなみに私は福岡と富山のハーフです。この幼少期~小学校の転勤のおかげで、私にはある特技が身につきました。それは、集団の中で誰と仲良くなればいじめられないか見分ける能力です。私はあまり覚えていませんが、富山の小学時代にいじめられていたことがあって、1ヶ月以上不登校になっていたみたいです。(私の記憶では一週間も休んでいないつもりなんですが・・・。)そういうこともあって、おそらく富山から佐賀に移ったとき(小学4年生)この能力を身につけたようです。おかげ様で中学では一番ヤンキーな人たちとも仲良くなることもできました!(※悪いことはしてないよ!)さて前置きが済んだところで、まずは出生~10歳(小学3年生頃)までのお話です。

0~10歳【出生~富山時代】

私の出生地は福岡県大牟田市です。父の本籍があるのがここになります。2歳ごろまでは住んでいたのですが、断片的にしか記憶が無いので、今回ここは割愛します。そしてその後、鹿児島でも2年ほどすごしてから、富山に引っ越しました。

というわけで、この鹿児島あたりから記憶があります。正確には覚えていませんがおそらく3~6歳頃までピアノを習っていました。レッスンの記憶なんかはあまりないのですが、辞めた理由だけはハッキリと覚えています。それは「友達と遊ぶ方が楽しい」という理由でした。うちの両親は「子どもにはやりたいことをやらせよう! 」という教育方針だったので、私が「辞めたい」と言えばほとんどのことは辞めることが出来ました。そういうわけで、6歳で私の音楽修行はひとまず終わるのですが、母から聞いた話によると、私は幼稚園~小学3年生までの間「子ども劇場」に入会してました。(「子ども劇場」は子ども向けの演劇とか舞台を取り扱っているNOP法人で、今も多くの県に支部があります。)当時、私は子どもながらに「音楽のやつがいい!」とか言っていたそうです。子どもの頃から音楽好きだったんですね。

富山の記憶はとにかく雪が沢山降ることや、友だちと遊んでいた記憶しかありません。場所としては富山市、月岡という地域に住んでいました。あとは、隣の県の新潟はお米の名産地として全国的に有名ですが、富山も負けず劣らずコシヒカリめっちゃ美味しいです。家の裏に田んぼが広がっていたので、そこで走り回ったりしていたのを覚えています。あとは魚介類がめちゃくちゃ美味しくて、今になってその恵みを実感します。大人になってからいくとまた違う印象ですね!寒ブリとホタルイカは最高です。

そんなわけで美しき富山時代を終えます。

10~15歳【佐賀時代】

佐賀に引っ越してから、小学4~6年生はサッカーに夢中でした。毎日ボールを蹴っていた思い出があります。最高のチームメートに囲まれて、本当に素晴らしい時間と経験でした。スポーツを一生懸命やったことがある人なら分かると思いますが、スポーツは人を成長させるとつくづく思います。富山とは少し変わって、佐賀は暖かい気候なので、川で遊んだりするのが最高に楽しかった思い出があります。夏は天山という山の麓の川にいって泳いだり、魚やカニをとって遊んでいました。そんな小学校も無事に卒業して中学校に入学しました。

中学に入ってからは特に部活動に入らなかったのですが、たまたま参加した将棋大会で負けたのがきっかけで半端なく将棋に熱中します。夕方、近所の将棋の先生のところに行って、朝の7時頃まで将棋してたこともありました。中学三年の頃にはプロを目指して奨励会(将棋のプロになる前に入る養成所)を受験したりもした。当時棋力はアマ3,4段ぐらいでした。しかし残念ながら結果は3勝3負で不合格。今はどうか分かりませんが、奨励会試験は4勝2負以上の成績で合格です。これは自分の挫折経験でも大きなものでしたが、そこまで落ち込んではいませんでした。

というのも、私は受験する前から、「合格したら将棋の棋士を目指して、不合格だったら高校へ行って社会科の先生を目指そう! 」と決めていたからです。(中学の時に素敵な社会科の先生がいました。)そして音楽面でもひとつ注目すべきことがありました。それはカラオケの楽しさを知った。 ということです。当時私は流行のJ-PopとBump of Chickenを中心に聴いていました。中二病ですね。そしてまさに中学二年生の頃はBumpが好きな友達と一緒にカラオケへ行っていました。そして気づきました。「あれ、なんでみんな音程とれないの??????」世界にはうまく音が取れない人がいることを知りました。そして中学の文化祭のとき事件は起こります。私の敬愛するBumpの曲を歌うバンドがいるではありませんか!!!畏れ多い・・・。そして同時にこう思いました。そもそも音取れてないしBumpの中二病感も出てないし、絶対俺の方がうまいじゃん・・・。 ということで、どうやら自分は人より少しだけ歌がうまいということが分かったのでした。友達も褒めてくれたので調子に乗ってました。

ただ、この時点では音楽で何かしようなんて微塵も思っていません。だって社会科の先生になるんだから!!!さて、次回は【高校編】!!無事、入試に合格して社会科の教員を目指す筆者に何が起きたのでしょうか!

16歳【高校1年生】

高校受験をクリアし、中学校を無事卒業した私は、社会科の教員になるため地元にある進学校へ入学します。私の通う佐賀県立小城高校は家から自転車で15分とかでした。今さっき調べてみたら偏差値平均は56ぐらい。

そして高校に入学した私にはある思いが芽生えます。それは、「彼女が欲しい!!!」 ということでした。そいて、どうすればいいか考えた結果、私はまず「どこか部活に入ろう!」という思いが芽生えます。なぜなら、中学校時代を過ごしてきて当時のイケてる男子(リア充)は部活に入るというのがセオリーだったからです。

そんなよこしまな気持ちで部活を探しいたところ、担任のN先生から吹奏楽・合唱部の勧誘を受けます。偶然にもN先生は今年から赴任してきた音楽の先生ではありませんか!!しかもなんと!!誕生日が同じ。♪~Happy birthday to you~♪まさかこれは神様のお導きなのでは・・・!!

音楽の授業で校歌を歌ったとき、どうやらよく声が出ていたらしくN先生から目をつけられていました。それにしても、「吹奏楽と合唱??なんで二つ??」「でも音楽は好きだし、楽器吹けたら格好いいし、ていうか吹奏楽部って女子いっぱいいるし、なんか楽しそう…??」という浅はかな気持ちで吹奏楽部に入ることになります。(入るとき歌にはあまり興味がありませんでした。)うちの学校は吹奏楽部と合唱部がくっついている変な部活で、私は吹奏楽ではクラリネット、合唱ではテノールを歌っていました。このときは自分の声種のことなんかが分からなかったので、私は声が明るかった&人が足りないという理由でテノールに振り分けられました。

入部してみると、部員は全部で30人~ぐらい。男は私を含めて5人でした。(意図していたとは言え、花園に迷い込んでしまった・・・。)これはクラシック業界あるあるですが、 日本で音楽を勉強する人は圧倒的に女子が多いです。男子が多い吹奏楽部や合唱部なんてまずお目にかかれません。(ましては音大なんて女子が7~8割です。)

そういうことで部活動をはじめた私は、将棋同様音楽にのめり込みます!!音が出るようにクラリネットを練習したり、指が回るようにしたり、合唱で発声というものをしてみたり・・・。そうやってのめり込んでいくと、どんどん次のステージに進みたくなります。夏前頃、私はN先生の勧めもあり「佐賀県高校音楽ソロコンクール」に出場することになります。(高校生なら誰でも出れるコンクールです。)申し込んだはいいものの、これはソロで歌わなくてはなりません。そんな経験の無い私は、部活とは別にプライベートの声楽レッスンへ通っているY先輩に相談します。すると、近々先輩の師事しているS先生が出演するコンサートがあるというので私もついていくこととなります。

・・・・・な、な、な、なんじゃこりゃああああああああああ!!!(出典:「太陽にほえろ」より)

え、人間ってこんな声がでるの・・・?というのが感想でした。ソプラノの高音をはじめて聴いたということもあるのかもしれませんが、衝撃的な出会いでした。そしてY先輩からの紹介もあり、S先生にレッスンをして頂けることになります。その結果!!佐賀県高校音楽コンクール金賞受賞!!ワーイワーイ!!賞は金・銀・銅とありましたが、振り分けは3分の1ずつぐらいでした。そしてこの頃人生初の恋人もできちゃったりしました。ワーイワーイ!!(私の新理論は今証明された・・・)そういうこともあり歌が楽しくなってきた私は、S先生の企画するクリスマスコンサートへ出演する運びとなります。(S先生の教育方針として「生徒に演奏の場を提供する」というものがありました。私はそのおかげで高校時代から多くの演奏会に出演することができました。感謝ですm(_ _)m)

私はそのときにコンサートという場で、“O sole mio”と“Santa Claus Is Coming To Town”を歌いました。そしてこう思いました。歌を歌って人に喜んで貰うなんてなんて素敵なんだろうか・・・!!ということでこのときから声楽の道、音楽の道に興味を持ち始めます。

17歳【高校2年生】

そして高校二年生になったとき、私が音楽の道へ進むのを決定するような一大イベントが起こるのでした。それが、「2007年佐賀県全国高校総合体育大会」つまり夏の高校インターハイです。基本的にインターハイの開催は全国の都道府県で持ち回りで、その年は佐賀で開かれる番でした。

そして初の試みとして、「総合開会式で高校生が1人メインボーカルで君が代を歌う」というオーディションが開かれました。担任のN先生から知らせを受けた私も身の程知らずで参加します。そうしたところ、なんと!メインボーカリストに決定!!

え、、、、??

君が代はレッスンの最後に1回だけ歌うという方法だったので、熱心に練習してたわけではありません。(多分3回ぐらいしか歌ってません。)これは実力と言うより、時の運もあったと思います。そんなこんなで選ばれてからは大変でした。話を聞くと総合開会式は、「3万人いるスタジアムで開かれ、NHK教育でテレビ中継される」(おいおい、高校生にはハードル高すぎだろ・・・。)しかもこのときは皇太子殿下(現在の天皇陛下)がご臨席でした。(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

どうやらその座は思った以上に大役だったらしく、周りも私をちやほやしました。地元のテレビ局にも沢山出演して、「どんな気持ちで開会式に臨まれますか!」(え、あっ、いっっしょうけんめいがんばりまs・・・)「どのくらい練習されたのですか?」(えっ、、あっ、たっ、たくsんれんしゅうしました・・・←嘘)とかインタビューされたりしました。

そんなこんなで、そんな大役もなんとか務めた私にはこういう気持ちが芽生えてきます。「どうやら俺には音楽の才能があるらしい!!俺は音楽で生きていく人間だー!!!」(※つまり、調子に乗りました。上京してから絶望するのですが、とりあえずこの時点ではそういう気持ちでした。)

ここで少し「田舎で音楽をする」ということについて。

田舎で音楽をするということ

街の規模にもよると思いますが、日本の田舎(特に佐賀はそうでした)では音楽を勉強してる人はとても少ないです。もしいても違う高校とか違う地区とかです。多分私はそのとき市単位で見て声楽を勉強してる高校生は自分1人だっただろうと思います。

ですので、田舎で音楽をしていると自分と他人を比較する機会がありません。比較が出来ないということは、自分のレベルや立ち位置がよく分からないということです。(もちろんプロの演奏は知ることが出来ますが、あまりにもレベル差がありすぎるので比べるのは難しいと思います。)ただ田舎にもメリットはあります。それは、

  1. 舞台の順番が巡ってきやすい。
  2. 豊かな自然があるので、古い民謡なんかの歌詞が実体験として理解できる。

1はもちろん母数が少ないからです。2は、例えば、川とか森で遊んだりすれば、鳥の声を聴きますし、虫もや動物にも出会います。水の音や風の音を知っています。どんなときに雨が降りそうで、晴れた時は森にどんな匂いがするか知っています。おじいちゃんとかが農家をしてる友達の家には家畜がいたり囲炉裏があったりするわけです。そういう物事を知識としてではなく、子どもの頃からの体験として知ることができます。

それは、「言葉を伝える声楽家にとって大きなメリットである」と感じます。体験から来る言葉と、知識から来る言葉は説得力が違います。(恋愛経験のない人が恋の歌を歌っても説得力無いですよね・・・?)

とは言っても大学院編で出てきますが、田舎で歌の勉強することはデメリットの方が大きいと思うので人にはお勧めしませんが、人生の経験として一定期間住んだり活動するにはいいと思いますし、必要なのではと思います。結果的に私はこの経験があったからこそ、バランスを保って活動ができています。

18歳【高校3年生】

そんなこんなで私も高校三年生になりました。(こうこ~さんねんせ~♪)高校三年生になった私はもう既に進路を決めていました。

それは、「東京芸術大学へ行く」ということ。インターネットでリサーチした結果、どうやら声楽家になるには東京芸術大学へ行くのが近道であるということが分かりました。(もちろん今となっては視野の狭い考え方だと思いますが、このときはそう考えていました。)

しかしことは簡単には進みません。私が三年生になったとき、私を音楽の道へ導いてくれたN先生はなんと違う学校に転任することになってしまいました。(♪~Time to say Goodbye~♪)そして新しい音楽のX先生が赴任してきます。(X先生は男性で大学では声楽科卒業だそうです。)私はこのX先生とトラブって私は学校を辞めることになります。

事件発生

ことの発端は私が高校の同窓生の集会(約500人規模で会場は体育館でした)でソロの曲を演奏するという行事のリハーサルで起きました。私は学校に依頼されて、活躍している在校生代表の1人として演奏を頼まれたのです。当時、私は君が代のおかげで佐賀で少し有名人でした。

私はそのときピアニストを外部に依頼していました。学校まで、その方のお家から車で片道1時間弱。そして私がリハーサルを開始して少ししたとき、、、「佐賀県内で強盗事件が発生しました。犯人は逃走中です。生徒は今すぐ自宅に帰りましょう。」「はい???」「リハーサルは中止!すぐ帰って!!!」

いやー、流石に田舎すぎてびっくりしました。しかしもちろん私はそんな話では納得できません。「ピアニストの方は遠方から来て貰っている。リハーサルをさせてください。」と言いました。そしたら、「絶対ダメだ。今すぐ帰れ。」という言動。(生徒は教師の言うことに従うべきだと思っているのでしょうか・・・?)なので私も、「ありえません。絶対リハーサルします。」という態度で臨みました。そうしたところその教師はなんと私の胸ぐらを掴んできて、(暴力反対!)何かあったらどう責任を取るんだ!!!!と言ってきたので、??責任もなにも、万が一その強盗に出会って襲われたらそれは私が死ぬだけなので、その時点で私が被害者だし、責任もなにもなくないですか?みたいなことを言いました。(だいたい物取りの強盗で高校生が殺されるってのも突飛すぎますけど。)

結局私もイライラしてしまったので、あなたは生徒のことを考えてるんじゃなくて、自分の保身のためにそう言ってるだけだ!私は校長先生に直接話をします!!とすごい剣幕で言って、職員室へ行きました。そのとき校長は不在だったので教頭先生に事情を説明。そうしたところ、普通にリハーサルが終わったら直帰で家へ帰るということでリハーサルは認められることになりました。(ていうか強盗起きていちいち生徒全員帰してたら教育成り立たんやろ。)

今思い返しても佐賀って本当にすごい土地だなと思います。この理論って、「交通事故が発生しました!生徒は危ないのでもう学校に登校しないように!」みたいなことでしょう。なんのこっちゃって感じですよね。平和ぼけにもほどがあります。(ちなみにこの強盗?みたいな人は後日逮捕されました。)若かったということもありますが、もともとX先生は私を毛嫌いしていました。なんか目立っていて気にくわなかったんでしょう。例えば音楽の授業で私にだけソロを歌わせたりして、「イタリア語の発音が韓国人見たいだね」とか悪口をさんざん言っていたので、今考えるとすごいパワハラだな~と思います。ていうか韓国人の声楽家はマジで上手いので、まぁ褒め言葉だったのかもしれません。とりあえずそういうことも重なって私ももう我慢できなかったわけです。(若い!)

しかし、私は高校三年生で必ず音楽の授業を履修しないと卒業できませんでした。ただ私はもう絶対あんな教師の授業は受けたくないと思い、音楽の授業を受けなくても(例えば他の選択科目を履修するとか)卒業できるか、そうでなければ退学すると決めました。ですが大学には行きたかったので、高校を辞めても進路に影響がないかよく調べました。そうしたところ「高校卒業程度認定試験」(旧大学検定試験)を受験して合格すれば大学にいけるということも分かり、進路が音楽系だったので問題がないだろうと考えました。(当時、他校ではありましたが逆に頭が良すぎて既に学校を辞めていたB.Y君に色々教えて貰いました。ありがとう!)私の親は「子どもにはしたいことをさせよう!」という教育方針だったので、私が学校を辞めたいと言ったら「辞めていい」と言ってくれました。(お父さん、お母さん、ありがとう・・・)

少し心残りなのは、同級生と卒業できなかったということと、世界史の授業がルネッサンスで止まっていることです。(進学校だったので他の教科は全て終わっていました。)それでも後悔というほどのことではありません。あのとき私にはその選択肢しかなかったのです。ルネッサーンス!!!
(中卒の声楽家誕生)みんなに驚かれながらも高校を辞めたのは5月のことです。(♪~Im wunderschöen Monat Mai~♪ R.Schumann「詩人の恋」より)

高校卒業程度認定試験について

折角なのでここで高校卒業程度認定試験がどんなものか説明します。高卒認定試験はズバリ!「全部国語の問題です。」

?いや、ちゃんと5教科あります。あるんすが、全部選択式の問題でした。そして問題文からして、「いやいや、絶対これが正解だろ・・・。」という聞き方をしてきます。(多分できるだけ合格させたいんだと思います。)私の感覚では、中学校までの内容を理解していて問題文を正しく理解して読めれば合格できます。(高校で習うことは2~3割ぐらいしか出てなかったと思います。)嘘に思えるかもしれませんが本当です。結果として私は9割ぐらいの正解率で合格しました。

もしこれから受ける人がいたら、よく設問を読むようにしてみてください。きっと正解率があがると思います。また、もし高校になんらかの理由でいきたくないとか、いけなくても大学進学はできます!なので悲観することなく、

大学受験

そうして受験資格を手にした私は、次に受験対策へと精をだします。芸大はコーリューブンゲンという教材の範囲がまるまる本一冊だったので、(いまだになんでコーリューブンゲンがそんなに推奨されているのかはよく分かりませんが・・・。)新曲が苦手な私はすべて暗記するためにN先生のところへ週2~3回ぐらい通って歌いまくってました。笑そしてS先生が東京音楽大の出身だったこともあり、私は東京音楽大学も受験します。そしてついに受験当日!!結果は!!!

  • 東京芸術大学 不合格
  • 東京音楽大学声楽演奏家コース 不合格
  • 東京音楽大学声楽科 合格

ガビーン・・・ あんなにいっぱい頑張ったのになんでだああああ!!!と思いましたが理由は単純でした。普通に下手だったんです。井の中の蛙だったということもありますし、ひとつ前のブログにも書いたように、自分で自分のレベルが分からなかったのです。ということで私は、もう一浪して芸大を受験しよう!!と考えます。なぜなら、、、、東京の私立音大は学費が高すぎる!!!東京音大の場合、年間の学費が普通車1台分に相当します。(それに比べて芸大は三分の一程度の学費)しかし父から、「折角合格したんだし行ってみたら?もし芸大を受けたいなら次の年にも受ければ良い。ということと、N先生からも、「大学行ったがいいよ!」という勧めがあったので、結局その年(2009年)に東京音楽大学声楽科に入学することとなります。

まとめ

さて、というわけで出生から大学受験までの流れをざっとまとめました。この記事は2020年に編集しているわけですが、これを書いたのはもう3年前ぐらいです。当時私はドイツ留学をしていて、精神的にも少し病んでいる期間でした。今読み返してみると、現在では考えられないような言葉のチョイスや思考回路だなと思います。

しかし、あらためて自分の人生を振り返ってみてなかなか面白いなと思います。もう一度辿った道はひきかえすことは出来ませんので、これが自分の人生だな~と思うほかありません。ただひとつ、その歴史の解釈をどうするかは現在の自分が決定することなので、今の自分が「あの決断は正しかった」と思えばそうなりますし、「あれは間違いだった」と思えばそう解釈されます。

人間なので、どうしても一種の後悔のようなものは誰にでもあると思いますが、私はそれも含めて現在と未来を生きていきたいと思います。過去にしばられたり囚われたりすると大概精神を病みますからね!

この記事がどなたかの参考になると幸いです。それではまた!

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