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怒りの原因はなに?「怒り」と「貧困」の関係性【川崎殺傷事件を受けて】

怒りの原因はなに?「怒り」と「貧困」の関係性【川崎殺傷事件を受けて】

どうも、Torayoshi(@moritora810)です。今朝、起きると川崎の児童殺傷事件が飛び込んできました。

まずは被害者とその家族の方に哀悼の意を表します。また犠牲者のご冥福を心からお祈りいたします。

今回は「怒り」と「貧困」の関係性について考察したいと思います。なぜ怒りは生まれるのか?その原因はなんなのか?そしてこの事件を通して日本がこれからどうなっていくのかについて思ったことを述べたいと思います。

日本の将来について考えるときです

経済格差の拡大

日本は年々経済格差が拡大している国です。それはデータから明らかです。そして私はこれが最も問題であると思っています。更には、これが今回の事件の原因なのではと思っています。

たとえば今回の加害者に経済的余裕があった場合、こんなことをするでしょうか?経済的に満たされていれば、世の中のものは大抵手に入ります。

私は以前にパチンコ店でアルバイトをしていました。そのとき学んだことは、「お金がない人ほどお金が欲しくてパチンコ&スロットをする」ということです。もちろん、お金持ちで娯楽としてしてる人もいますが、それはごく少数派です。

また経済格差は学力とも関係しています。学力がある人間は経済的に豊かになる可能性が高くなり、その子どもも教育を受けることができます。

逆に、教育を受けれなかった人は貧困になる可能性が高くなり、一度そこに入ってしまうとそこから抜け出せなくなります。それはまた子どもに引き継がれます。

想像できない人もいるかもしれませんが、私は実体験的に知っています。たとえば、家庭に片親しかいなくて夜は仕事、子どもの晩御飯が菓子パンだけの小学生が実際この日本には大勢いるのです。

貧乏人の最大の娯楽は怒り

殺人というものは衝動的な動機もありますが、多くの場合、日頃からイライラしていたり経済的に困窮していたり、そういう人間が起こすのだと思います。経済的な余裕のある人間は精神的にも余裕があります。

「貧乏人の最大の娯楽は怒り」だと言われています。楽しいことをするにも、なにをするにも経済主義的な世の中ではお金がかかります。特にアウトドアなどが希薄な都市部でそれは顕著です。

それに対して世界(社会)を憎み、人を憎むということは無料です。「怒り」に頭を支配させれば、貧困の中でその感情に依存して生きることができます。現実を見つめるには辛すぎるのです。

私は、「怒り」というのは、経済的な格差・貧困から生まれると考えています。全員が貧困であるのは貧困と呼びません。同じ社会の中で格差があり、ショウウィンドウには車や服、バックがあります。お金がなければそれをただ見ることしかできないのです。

そんな現実を見つめたとき、自分への「絶望」とともに強い「怒り」も生み出されます。「なぜなんだ」と。そういった人間はどうなるのでしょうか?

貧困の行きつく先は犯罪、自殺、他殺

貧困は経済主義の中における歯車のひとつです。ブラック企業で働いている人たちもこの経済主義のシステムに組み込まれています。経営者も貧乏なのです。安い賃金で人を使って、この資本主義の世界で金を稼ぎたいと思っています。

このシステムの、それも一番下にいる人間は、半永久的に豊かになれません。ここから抜け出す方法は、犯罪か自殺です。そしてもし自暴自棄なのであれば他殺です。

日本の自殺者は年間で2万人以上です。平均して1日/50人以上が亡くなっています。犯罪は振り込め詐欺や詐欺などといった稼ぐものもあれば売春などもありうるでしょう。

彼らがはじめからしたくてそれらのことをしているかと言えばそうではありません。みなこの社会に失望し自分に失望し、しかしこの資本主義の経済のシステム、それも貧困の歯車から抜け出そうと(あるいは這い上がろうと)もがいている結果であるように私は思います。

解決策は?

日本はどうなるのか

経済的に貧しくても心が豊かであれば、あるいは頭が良ければこれらの問題を切り抜けることができます。しかし、そのユーモアや精神は鍛えられている人間でないと現実問題として難しいのです。

今後、日本の経済格差はますます加速すると言われています。富むもの富み、貧しい人はもっと貧しくなります。こればっかりは本当に嫌気がさします。国の政策は見ての通り、富裕層や大企業を優遇しています。

しかし貧困な家庭に生まれた子だからといって、そのまま貧困を相続するのはあってはならないことです。中には人類を救うような発明をする人間がいるかもしれません。まだ見ぬ子どもの未来を奪ってはならないのです。

貧困から脱する最も効果的な方法が「教育」です。しかし日本の教育にかける財政状況をみている限り、あまり期待できるものではないと思います。むしろ貧困を助長する原因の一端なのではないかとも思うほどです。

離脱しましょう

もしあなたがこの世界に嫌気がさしているなら場所を変えることをオススメします。そのステージから離脱するのです。もう少し分かりやすく言えば「老後の生活」をスタートすればいいのです。

スローライフ。ワーキングバランスを整えて都市部ではなくて田舎に住みます。あるいは他の国でも良いかもしれません。自由への代償はこの世界を捨てること。道は違う世界へダイブすることです。

むろん、離脱の方法として犯罪に手を染めてはいけません。結局それは同じ土俵で戦っているにすぎず、意味のないことです。

また自殺もいけません。確かに我々は200年もすれば全員死んでいます。そしてこの世界からの関係を完全に断たれます。

それにも関わらず、自殺してはいけないのです。おかしな話です。もし理由が必要なら、あなたと私が出会えなくなるからです。それは許されません。

命と世界を愛そう

生命は尊いものです。経済世界の中にいるとそう感じることは少ないと思います。経済の中では人間の命もお金に換算されているからです。人生という時間は労働として簡単に切り売りされています。資本主義社会で、人は駒のように扱われることもしばしばです。

しかし、ひとたび山に登れば、森の小道を歩けば、サンゴのある海に潜れば、真夏の夜に満天の星空を見れば、あるいは誰かの死を感じれば、それを確かに認知することができます。自分の命そのもの。そして世界の生命の息吹をです。

日本がこれからどういう道をたどるかは行ってみないと分かりません。ただ自暴自棄になってもしょうがありません。自分からスタートするしかないのだと思います。

「世界を人をそして自分を愛すること」とても難しい道のりですが、人間がそこに至るのが最良の解決策だと私は信じています。

最後に、あらためて今回の事件で亡くなられた方のご冥福を心からお祈りいたします。

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