ドイツに留学して半年間うつ病だったけど復活した話〈完全実話〉【後編】

2019年6月4日

ドイツに留学して半年間うつ病だったけど復活した話〈完全実話〉

Herzlich Willkommen!! どうも、Torayoshi(@moritora810)です。

前回のに引き続き、今回は後半です。こちらに先に辿り着いてしまった方は先に【前編】を読んで下さい!!

留学中うつ病になった私はいったい何があったのか!そしてどうやって回復したのか!それではさっそく、前回の続きにいってみましょう。

同居人と何があったのか

それでは問題の核心部分についてみていきたいと思います。それでは問題の核心部分である、ベルリンで何があったのかという部分について触れたいと思います。

具体的に何があったのかというと「物理的には特に何もなかった」と言えます。しかし一緒に生活をしていく中で、「精神面において様々な影響を受けた」というのがしっくりきます。

ここからは私が経験した出来事や同居人から言われた言葉によってどういう思考が生じたかを箇条書きでまとめたいと思います。同居人について明らかにできる情報は、日本人で私より年上であるということだけです。

おそらくこの章で私を非難する意見もいくつか出てくるだろうと思いますが、それでもやはり自分自身の為にも書いておくべきだと思うので、思い出して書き起こします。

突っ込みどころも満載かと思いますが、それでは追ってみていきましょう。

同居人からの言葉まとめ

  • 「私は音に敏感です。あなたもそうでしょう?だからトイレのドアを静かに閉めて欲しい。その音だけで起きるから。」→ 同居人がそのアパートを契約しているわけですから、実質オーナーみたなものです。出て行けと言われればそれまでで、海外で路上生活者になるしかありません。ということで私はそのときから静かに暮らしていこうと思いました。
  • 引っ越して来た日の当日に前住んでいた同居人の悪口を言う。→ あぁ、この人はきっといつか俺の悪口も言うんだろうなと思いました。しかもその人は共通の知り合いだったのです。私は論理的に人を批判したりすることはあっても、悪口といった類いのものをほとんど言わないので、この話を聞くのは大変でした。その後も度々、色々な人の悪口を聞かされます。ある方から聞いた話では、やはり私のいないところで私についても色々言っていたそうです。
  • 「私は見える(霊とか)人です。よしとら君の後ろには憑いているよ。」→ そう言われたら気になる性格の私は、そこから突っ込んで色々聞いてしまいました。その結果、私の両親(どっちか)が生き霊として取り憑いていて、私の邪魔をしていると言われました。今考えるとめちゃくちゃヤバい話だと思います。私の両親が私を愛してくれているのまぎれもない事実ですし、金銭的にもバカにならない額で応援してくれています。しかし、このときは私の精神は病んでいたので、「そうなんだろうか・・・、もしかしてそうなのかもしれない・・・、いや、きっとそうなんだ・・・。」と訳が分からない方向へ結論していました。
  • 「トイレの蓋は必ず閉めて下さい。そこから悪い気が出てくるから。」→ 慣れるまで時間がかかりましたがそうするようになりました。最初の頃、蓋を閉め忘れたと思って「トイレの蓋閉め忘れていた気がします、すみません。」と謝ったことがあります。今でも無意識に閉めるときがあるのが怖いです。持論では、トイレは定期的に掃除していれば別に問題ありません。トイレの神様を味方につけましょう。
  • 家賃については月末に払うと取り決めをしたのに、末日の2~3日前にドアを叩いてからドア越しに、「明日家賃を払いたいから宜しくお願いします。」と催促される。→ 私は今まで9年間1人暮らしをしてきましたが、家賃を滞納したことは一度もありません。もちろん、はじめて接する人間なので信用されていないのは当たり前だと言われればそれまでなのですが、私はこの一件で、「俺は信用されていないんだなぁ・・・」と感じました。それ以降は早めに家賃を払うようにしました。
  • 私の部屋に入ってきて、「贅沢な暮らしをしているね。」といったようなことを言う。→私は正直、「ここ9年間の1人暮らしの中で一番質素な暮らしだなぁ」と思っていました。おそらく、東京へはじめて上京して1年間住んだ四畳半の風呂なしアパートと同じレベルだろうと思います。(あそこもマジでやばかった。)
  • ある日、共有スペースである台所に、「ドイツの水道代や電気代は日本のように安くありません。節水、節電をお願いします。また、Nachzahlen(後払い)の請求がきたらよろしくお願いします。」とメモがある。更に、2~3回、「隣に住む〇〇さんは前にWGで人を受け入れてたとき光熱費が重んで、後払いで1300€支払ったそうです。」という話を聞かされる。→ この頃すでに頭がおかしくなっていた私は、「それは大変だ。ますます気をつけよう。」と思い、ドイツで寒いときでもHeizung(暖房)をつけないで家の中で厚着をしたり、日が出ているうちは部屋の明かりをつけずに出来るだけ日光を入れて(しかし日当たりは最高に悪い)生活していました。

とかく大別して私は2つ事に大きく影響されました。それは、

  1. 同居人が話す話が基本的にネガティブ(否定的)であること。
  2. お金がない(節約しなければならない)ということ。

そして、この1こそが、私が鬱(ネガティブ思考)になった最も大きな原因であるのではないかと考えています。というのも最近知ったのですが、脳科学的に思考は伝染するという研究結果があるそうです。類は友を呼ぶというのもこれに起因するのではないかと思います。

更にもう少し具体的に言うと、ポジティブ思考な人と一緒にいればポジティブになるし、ネガティブ思考の人と一緒にいればネガティブになるということです。そしてこのことが、私のシチュエーションでは大きく作用したのではないかと推測されます。

思考の中に入り込んだもの

ここで少し考えていただきたいのですが、もし人が何かを考えようとするとき、どの言語を使うでしょうか?

たとえ口にする言葉が外国語であっても、やはり母国語を使って思考を組み立てていくのではないでしょうか・・・?

私は現在外国に住んでいます。もし私が日本に住んでいるのであれば、色々な人と交流することで様々な言葉に触れ、私の頭の中の日本語ボキャブラリーが構成されていくことでしょう。

しかし、外国という限られた場所では、日本語を話す機会はさほど多くありません。そんな中、ネガティブな言葉にさらされた脳には一体どういうことが起きるのでしょうか?私は次のステップが脳で起きたのではないかと推測しています。

  1. 同居人がネガティブな言葉を使う。↓
  2. 私も同調してそういった言葉を反復する。↓
  3. 脳にネガティブな語彙が入り込む。↓
  4. 何か物事を思考するときに意図せずにその言葉を使うようになる。↓
  5. 論理的に思考しているように思えても、ネガティブな語彙によって構成された思考は最終的に悪い結果へと導かれる。⇒鬱病の完成

私の考えでは、上記のようなことが脳の中で起きていたのではないかと思います。また、音楽家には同調(シンクロ)することが得意な人が多いです。なぜなら音楽はアンサンブルであり、誰かが演奏したらそれにリアクションしたり・同調したり・反復したりするからです。

私は良い音楽家にはコミュ力高い人が多いと思っていますし、反復することや同調することは音楽の本質的な部分だから当然といえば当然です。

ということで、私が鬱になった原因を簡潔にまとめるのであれば、【いつのまにか思考回路がネガティブな言葉に洗脳されていたよ!】ということだろうと思います。

全ての否定されていた

私がこのブログをはじめようとしたとき、同居人はそれに反対しました。私は正直いってとてもショックでした。というのも、私はその話をすれば彼からポジティブで好意的な反応が返ってくると思っていたからです。

私は人が何か新しいことをはじめようとしていることを止めることは99%しません。もしそれを止めようとするときは、社会規範から大きく逸脱しているときや、犯罪行為レベルのときだけです。ましてや年下の人が何かしようとしていて、それについて否定的な意見を言ったことは殆ど無いと思います。

とにかく、そんなこんなでいつも否定的な言葉や悪口にさらされた私の脳には変化が起きたのだろうと思います。

今思い返すと、フランクフルト時代の語学学校で、私はいつもポジティブなユーモアを言って周囲を楽しませようという心持ちでした。それがベルリンの語学学校ではネガティブなブラックジョーク的なユーモアに変わっていたのです。本当に恐ろしいなと思います。

その結果、お金がないのが悪いという結論へ行きつく

次に2についてですが、家賃を規則正しく支払うことや、節約を心がけること、後払いが生じたら支払わなければならない旨を伝えられたことによって、非常に貧しい暮らしをしていました。

私はもともと、例えば歯磨きしているときに水を出しっ放しにしないとか、電気はこまめに切るというのはすでに習慣化されていましたが、使うべきところは使うべきだという考えでした。

しかし、一度キッチンのたこ足配線の電源をつけっぱなしにしていたことがあり、それを注意されてからというもの、私はいつも、「ちゃんと電気は消しただろうか?」「節電しているだろうか?」という、謎の強迫観念にかられていました。

それ以外にも、折々に感じる同居人の節約ぶりに、私もいつしか影響されて、いつのまにか勝手に節約大好き人間へと変身していました。

そんな極貧&鬱生活の中、私は何故自分がこんなに苦しいのか、何故こんなに晴れやかでない気持ちなのかについて一生懸命考えました。そこで出た答えは、「もしかすると十分なお金がないからではないか?」という結論に至ります。

そんな経緯もあり、私は何をしていたかというと、日本に帰国して就職する方法を探したり、投資について勉強したり、とにかくお金を稼ぐということ、お金に関する様々なことについて勉強しました。

今考えると笑える話なのですが、それはそれでお金について深く、真剣に勉強するこができてよかったと思います。

そんな知識がある今では、私はいずれ良い感じのお金持ちになれるのではないだろうかという予測がたっています。それは勉強したから言えることだと思うので、そういう意味では拾いものでした。

鬱病になって学んだこと

もちろん一番の財産は、鬱になったという経験そのものです。

また、少しだけ私の正直な推測をさせてもらうと、同居人は私に嫉妬か嫉みのような感情を心のどこかに持っていたのではないかと思います。私の家庭はめちゃくちゃ裕福とはいかなくとも、子どもをドイツへ留学させるぐらいの財力と度量があります。

それに比べて、同居人の家庭事情はそこまでの余裕がないように思われました。そういった背景も関係して、私が悠々自適に(実際には大変なんですが)ドイツにいることが鬱陶しかったのではないかと思います。

同居人はお金がないことで色々な意味で大変だったのだろうと思いますし、その余波が私のところにも来ていたのではないかと思います。お金で人は変わると言いますが、本当に気をつけないといけないなと改めて思います。




どうやって回復したのか

さて、そんな節約大好きなネガティブ人間になってしまった私はどうやって回復したのでしょうか?まず鬱の時の思考回路を明らかにしておきたいのですが、私は鬱のときでも、自分が非常に論理的でちゃんと考えていると思っていました。(※ただネガティブで節約やお金が思考の中心でした。)

ただ、ある意味でそれが仇となっていたのですが、考えつく結果が全て悪い未来になっていたのです。それは先ほど説明したように、頭の中に流れ込んで来たネガティブな語彙によって思考された物事は当然ながら否定的な結論へと辿り着きます。

しかし、私は何か違和感のようなものを本能的に感じ取っていました。何となくですが、「なんか変だなー、おかしいなー」という感覚がありました。

そうやってネガティブ思考の暗闇の中でも、出口を求めて、出来るだけ人と会ったり、友達にコンタクトを取ったりしていました。

そんなときに、学部時代の友人がドイツにあるゲラという街に来るというので会いに行こうと計画を練りました。

しかし、当日バスセンターへ行ったらクレジットカードの期限切れでバスが予約されておらず、行くことができませんでした。

しかもフリックバスは、「出発の10分前を過ぎたらもうそのバスは予約できないんだ」とかいう謎のことを言っていて、マジで乗れませんでした。そのとき会う予定だった人にはごめんなさい・・・。でも本当に楽しみにしていましたし、この一件で更に落ち込んでいたんです。

友人が救ってくれた

そんなこともありつつ色々な友人と連絡を取っている中、同じくドイツのマンハイムで声楽を勉強している学部時代からの友達カップルと今後ドイツでどうするかについて話していたら、どうにも上手く話が噛み合いません。

そこで私は、「こうなったら一度会いに行こう!」と思い、その日の夜の飛行機を予約して会いに行く決心をします。

Berlin→Frankufurtの飛行機、そして、Frankufurt→MannheimのICE(ドイツの新幹線)も予約したのですが、今は亡きAirberlinさんは機材のトラブルとか言って結局到着が1時間遅れ、Frankfurt→Mannheim間のICEに乗ることができませんでした。仕方なくその日はFrankfurtのホステルに泊まります。

次の日、久しぶりの再会を喜びつつ話をしていました。そうすると、何だかポジティブだった自分が戻ってきている感覚があります。その日は久しぶりにゆっくりと熱いお風呂にも入り(ベルリンのアパートはシャワーしかなかった)、ストレスフリーでゆっくりと過ごしました。そのときに入ったお風呂の感覚は今も覚えています。

その翌日には近くにある湖へ泳ぎに行ったり、ほとりでバーベキューをしたりしつつ、また色々と話をしていました。しかしそんな中でもまだ私の鬱思考回路は続いていました。それに気付いた友人は、ついにその部分について核心をつきはじめます。

「なんかもり君、変じゃない?1年前に言ってたことと180度違うこと言ってない?」とか、もり君は基本変人だけど、人の悪口を言わないところが良いところだったのに、なんかネガティブで悪口を言うようになってる。」

とか言われて、私はハッとさせられました。友人は自分を映す鏡と言いますが、まさに自分が今どういう人間になっているのか気付かされたのです。

しかし、それでもなお鬱状態は続いていました。「俺は今そんな感じなのか・・・、何かがおかしい、でもどうすれば良いのか分からない・・・、どうしたらいいのだろう。」という感じで、その指摘だけでは脱するには至りませんでした。

しかし私の頭はフル回転で解決策を探しています。そうやって沢山話している中であるとき、「なんかもり君の言葉にはもやがかかってるみたい。クリアじゃない。」と言われた瞬間、私は完全に閃めきました。「思い出した!大事なことを忘れていた!!!」

そのとき私は、彼女たちを信用していないということに気付いたのです。全くもって不思議な話で、10年来の友達を信用・信頼していないというのは何事だろうかと思いました。

そして、それに気付いた瞬間から明らかに、今まで脳で使っていなかった部分が活性化されはじめたのです。

そのときの感覚は今でも鮮明に覚えていますが、本当に脳のある部分が認識できるほど働き始めました。言語化するのは難しいですが、「戻ってきた」という感覚だろうかと思います。

それから私は自分自身の言葉で真実を語るようになり、以前のように将来についての夢や展望、色々な演奏や音楽について屈託なく話すことができるようになったのでした。

結局どういう状態に陥っていたのか

私は鬱状態のとき、そうとうヤバい人間になっていました。現状には不満を持ち、未来には絶望して、人と愚痴を言い合う事でコミュニケーションを図ります。そして、人(自分も含めて)を全く信用・信頼することができない状態になっていました。

それが全て同居人のせいだとは思いませんが、同居人が私を信頼していないことを感じ取っていたので、私もある意味で鏡のように人を信用できなくなっていたのだろうというのはまぎれもない事実です。私は彼をコピーしてしまっていました。

もちろん、これには私のキャラクターも関係あると思います。私はもともと、「信用すれば裏切られる!信ずるは己のみ!!」みたいな考え方ではありません。

「この人に裏切られるなら本望!でもぶっちゃけ裏切らないし裏切られないんだけど!!」「人を信用して、頼ったり頼られたりしながら、愛を持って生きていこうよ!」という感じです。

私は大概の人は良い人だと思っていますし、すぐに信用してしまう方なので、人を疑ったり変な間合いを取ったりするというやり方がマッチしなかったんだろうと思います。

そしてこの経験を通して、世の中には自分とはどうしても合わない人がいて、例え好奇心がその人に近づこうとしても、近づかない方が良いんだということを学びました。

なので、もし仕事なのでどうしてもそういう類いの人と付き合わなければならないときには、極力ビジネスライクにするべきであって、なるべく深く関わらないようにしなければならないという人生の教訓を得たのでありました。




まとめ

私は鬱状態だった半年間に楽しい記憶が全くありません。唯一残っているのは、「狭くて寒くて暗い部屋でひとりぼっちだった」という記憶だけです。まさかこんな記憶が自分の人生に入り込むとは思ってもいませんでした。

というのも、今まで私の周りは本当に良い人ばかりで、おそらく日本では変な人が近寄ってこなかった(あるいは近寄って来れなかった)からだと思います。それが留学を通して、様々な人とも関わっていく必要が生じ、意図せずですがこういう経験をしました。

今回この記事を書くにあたってはかなりの勇気が必要でしたが、それができるほどに私は回復しました。今同居人に会ったとしても、自身を持って話すことができるだろうと思います。しかしそれは建前だけのビジネスライクにということであろうと思いますが・・・。

また同居人のことについて書くにあたって、日本人で私より年齢が上だという情報以外に、性別や職業が分からないように配慮しました。

やはり、どんな理由があるにしてもこういうことを書くのは気持ちがいいものではありません。

しかし、もしかすると同じような境遇で悩んでいる人や困っている人がいるかもしれないと思い、その助けになればと思いこの体験をシェアしようと思いました。

もし今、以前の私の様に誰かから影響を受けて鬱病のような状態になっている人がいたら、すぐにそこから離れてください。それは逃げることとはまた別なのです。

最後に、私を鬱から脱却させてくれた友人や、私を心配してドイツまで会いに来てくれた父親、引っ越しを手伝ってくれた友人等々、本当に心の底から感謝しています。

もしあのままの状況が続けば、私は日本に帰国し、音楽も捨ててどうなっていたか分かりません。

なぜならそのときは「ネガティブとお金」が頭を支配しており、どうやって稼ごうかということばかりを考えていたからです。もちろん、お金は確かに大切です。

しかし今となっては、お金よりも大切なこと。つまり、人を信頼することや、勇気を持って挑戦すること、愛情を持って人と接するといったことの方が私の人生にとつていかに重要であるかが分かります。

それはこういった経験をしたからこそ、逆説的に見えてきたことでもあります。そんな経験をした今では、私も友人や誰かが困っていたら助けてあげられるようになれたらいいなと思っています。

鬱は出口のない思考の迷宮のようなものです。もし似たような状況で困っている方がいらっしゃったらいつでもご連絡下さい。相談に乗ったり、何かアドヴァイスをすることはできるのではないかと思います。

このブログに書いた内容が誰かに勇気を与えたり、自分のシチュエーションに気付くきっかけになってくれたら幸いです。最後まで読んで下さってありがとうございました!

2017.11.1 Yoshitora Mori



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